LOGINサラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。
View More「サラ、すまなかった。心から謝りたいんだ。」「えっ…。」謝りの言葉を探していた私に、先に発したのはマリウス様だった。とても真剣な表情で、私を真っ直ぐ見つめている。「今更、許してもらえるかわからないけれど、サラを信じなかったこと、悔やんでいるよ。あれほど、信じて欲しいって言われていたのに、申し訳なかった…。」「そんな、仕方がなかったのよ。誰から見ても、信じてしまうような証拠があったんですもの。あの状況では、私だって信じてしまうわ。でも私は、嘘は絶対につかないと約束する。だからこれからは、私の言葉をそのまま受け止めてほしいの。」「わかった、本当にすまない。まさか、あそこまで巧妙に嘘をでっち上げる人間がいるなんて、思わなくて。今でも信じられないよ。」「そうね。私もあの人がずっと怖かった。最初に嘘をつかれた時から、もしかしたら無理矢理連れて行かれるかもしれないと、心のどこかで怯えていて、いくらみんなを巻き込みたくないと思っても、自分の運命から逃げ出したいと願っていたわ。あれほど、執着されてしまう何かがあったと、今でも思えないし。マリウス様こそ、約束を破って、あの人のところへ向かった私を許せるの?」「もちろんだよ。僕は君の身に何があってたとしても、君さえ許してくれるのならば、これからもずっとそばにいたいと思っていた。僕を許してくれる?君の本当の気持ちを聞かせて。」「私は…、あなたを許しているわ。そして私も、マリウス様に今まで起きたことのすべてを許されたい。私はいつだってあなたが好きだし、あの人のところにいる時もずっとここに戻りたかった。あなたのそばに。どんなに私を思ってくれている人がいてもダメなの。あなたじゃなければ。」「もちろん、許すよ。サラは何も悪くない。悪かったのは、ずっと僕の方さ。」「でも、マリウス様は私を疑っていた時も、ずっと私を離さないでくれた。それがとても嬉しかった。悩んだりせずに、私を追い出した方がよっぽど簡単だったはずなのに。むしろあの状況なら、ほとんどの男性が私を手放していたと思うの。でも、マリウス様は最初のうちは拒絶したけれど、少しずつ私と話そうとしてくれたし、そばにいてくれた。そのことは感謝しているの、ありがとう。」「僕は自分でもおかしなくらいどんなことがあっても、君を嫌い
「せっかくのお祝いの晩餐だったのに、サラはほとんど食べなかったね。この後のことに緊張しているのかな、可愛いね。」夕食が終わると、デニス様にエスコートされて、寝室へと連れて行かれた。恐れていたこの時が、いよいよ目の前に迫ってくる。途中からワインを飲むことを止められて、朦朧と出来ずにこの時を迎えてしまった。何かの理由で今意識を失えたなら、良かったのに。でも、引き伸ばしたところで、デニス様から逃げることなどできないのだ。心の奥にいるもう一人の自分が、抗っても無駄だと、告げている。寝室に入ると、そこにはたくさんの贈り物とおぼしき箱が山のように積み重なっている一画があった。それを見ながらデニス様が自嘲気味に笑う。「これは君への贈り物だよ。明日ゆっくり見るといい。何せずっと僕を待たせるから、どんどん増えてしまったのさ。この他にもクローゼットに入っているドレスも全部、僕が選んだんだ。楽しみにしていて。でも、今夜は僕が今日のために準備した特別な夜着を着てもらうよ。さあ、先に湯あみをしておいで。」ここまで来てしまった以上、もうどこへも逃げ場はない。みんなを巻き込みたくないから、ちゃんと覚悟したじゃない。それでも、体の震えは止まらなくて、ふらふらと浴室へと向かう。本当に嫌、もう何も考えたくない…。扉を閉めたその瞬間、膝から崩れ落ちた。浴室には、デニス様が選んだと思われる白くて薄いドレスのような夜着が置かれている。これも彼の「贈り物」か。その夜着を見つめながら、知らずに涙が溢れる。私はどうしてここにいるの?どうしたら、この醜悪な現実から逃げ出せるの?もう、わからない。さよなら、マリウス様…。そのときだった。寝室の方から響く怒鳴り声と叫び声が、壁越しにかすかに震えて伝わる。「隊長、ここにいました!」「よし、どんな姿でもいいから容赦するな。すぐに捕えろ。」「はっ。」 「離せ、サラー!サラー!」金属がぶつかる鋭い音、物が叩きつけられる音が断続的に響き、床や天井を伝って微かに振動が足先まで届く。「ぐわっ、やめてくれー。サラー。」デニス様が捕らわれて、どこかに連れて行かれるような、叫び声が遠ざかる。仮面をつけた夜会を利用してまで、完全に消息を絶ってここに来たから、私の助けが現れたとは思えない。だったら、この騒ぎ
「来てくれたのね。これからあなたの邸に行こうと思っていたんだけれど、夫が心配してなかなか許してくれなかったの。でも、急いでマリウスに伝えなければならないことがあるのよ。」「サラは今どこにいますか?姉さんは何を知っていますか?」「焦らないで、順に説明するから。」「わかりました。」僕はギルフォード公爵邸に到着するなり、姉との面会を果たした。「実はね、私が馬車に乗っている時に、ホルダー侯爵に攫われたの。相手は、数人いた警護の者達では太刀打ちできないほどの人数だったわ。」「えっ、姉さんが?怪我は?」「大丈夫、手荒な真似はされなかったわ。でも、後から知ったのだけど、私の解放の条件はサラを連れて来ることだったようで、一緒に攫われた私の侍女がサラを迎えに行ったの。」彼女は淡々と、しかし重い口調で語り続けた。「侍女はあなたの邸を訪れ、サラにそのことを伝えたそうよ。彼女が代わりに捕まることになってしまうけれど、私の侍女は私を優先して、サラに頼み込んだ。そこは、責めないでほしいわ。」「わかっている。」「だからサラは、自分が捕まるとわかっていて、私を解放しに来てくれたの。それだけでなく、私の身代わりに連れて行くことに赦しを乞う侍女に、このことをあなたに伝えた後は、忘れていいと話したそうよ。そして、私を巻き込んだことを詫びていたそうなの。」僕は言葉を失った。「サラは本当に優しい子ね。こうなってしまったのは、彼女のせいじゃないのに。どうしても、人のことを想ってしまうのね。」姉の瞳に、うっすらと涙が滲んでいる。「でも、ホルダー侯爵は本当に恐ろしい男よ。捕らえられていた間、少しだけ話す機会があったけれど、サラへの執着は常軌を逸していた。」彼女は深く息を吸い、吐き出すように続けた。「話し合いで解決できないかと説得しようと試みたけれど、無駄だった。彼にはサラ以外の存在なんてどうでもいいの。すべてを失っても構わないという覚悟を持っていて、捕まることすら恐れていないのよ。だから、彼を誰も止められない。そして、非常に用意周到で執拗。あんな男がこの世に存在するなんて思いたくないわ。サラが標的になってしまったことが、本当に不憫でならないの。」僕は、堪えきれずに拳を強く握った。「サラは今どこにいるか、わかりますか?」「大丈夫よ。ホ
サラがホルダー侯爵に連れられて来たのは、彼が元々住んでいた邸とは違う別の邸だった。「さあ、ここが僕達の新しい新居だよ。これからはここで、二人で生きていこうな。」邸の中は何処もかしこもシャンデリアに照らされて、ホルダー侯爵が以前住んでいた邸よりも大きく、豪奢な造りだった。「ここはね、僕達のためにあの当時から構想を練っていたんだ。気に入ってくれるかい?」「あの当時からって?」「もちろん、僕達が出会ったあの頃だよ。」「えっ、その頃から住む邸を考えていたんですか?」「そうだよ。婚約したらすぐ一緒に住もうと考えていたからね。」「そんなつもりは…私にはなくて。だって、あの頃まだお付き合いさえしていなかったですよね?」「そう思っていたんだ?僕はすでに恋人でいたつもりだったんだけどな。だから、ファーバー子爵に会うのを禁止された時は、正直、苛立ちが抑えられなかったよ。それで、君が僕のもとに来ざるを得なくするために、子爵に圧力をかけたんだ。けれど、まさかあの時、ファーバー子爵が頼ったのがハンプトン侯爵とはね。あの二家をまとめて潰してやろうと思ったけど、ギルフォード公爵が睨みを利かせていてさ。だから、渋々一度は、引き下がるしかなかった。迎えに行くのが遅くなって、悪かったね。でも、安心して。今こうして一緒になれたんだから、もう大丈夫さ。でも、もしこの先たった一歩でもこの邸から逃げ出そうとしたら、僕は今度こそ何をするかわからない。そのことだけは、忘れないで。」彼は間違っている。当時、ホルダー侯爵との縁を断とうとしたのは、お父様じゃない、私自身だ。彼とはやっていけないと感じたから。だから、お父様に懇願したのだ。「彼から距離を置きたい。」と。ホルダー侯爵との縁を切った頃、何故か突然ファーバー家の事業が傾き、家は破産寸前にまで追い込まれた。まさか、それも彼の仕業だったなんて。私のせいで?私が彼を拒んだから?お父様もお母様も、そしてファーバー子爵家に関わるすべての者たちも、私のせいで明日への生活がままならない恐怖に晒されたというの?なんて酷い。あまりにも残酷すぎる。あの当時から、お父様は原因がホルダー侯爵だと知っていたの?すべて私のせいだということを。それなのに、お父様は私を責めたりはしなかった。それは、告げないことで